guicciの日記<やだこのタイトル

2005-01-12たのしい知識

非常な鬱状態で目醒めた朝だが、ほんの短い時間、

あぜキーワードセッションを偶然行った結果、

とてもたのしい世界が広がりました。


ありがとう華やかなる知。さようなら憂鬱なる俺。

2005-01-11だーだ試論 1

だーだは、もしかするといちばん巨大な存在だったのかも知れない、と彼について語ろうとするいま、ほぼはじめて切実に感じている。たとえばそりとはなにか。アホ。これでかなり片付いた気になる。ディックとは。いささか口が悪いが、たとえば東洋バカとでもいってみれば収まりがつく。おスギアニオタ恩田さんはもみあげ。田村修司はお調子者。では、だーだは? 俺には手に負えない巨大ななにものかだ、としか、とりあえず言いようがない。

たとえばザ・ビートルズでいえば明らかにポール・マッカートニ−。しかし彼(だーだ)にはクスリは必要がないし、結婚相手もひとりで十分だ。彼は幸福そうだ。性格もきわめて穏やか。額は15歳のころから丸い。マイケル・ジャクソンの力も必要ではない。

でありながら、A&G Co.の思想にもっとも深い影響を及ぼしているものをひとつ挙げよ、といえば、それは、ブッダでもフルクサスでも吉本隆明でも毛沢東でもスターウォーズでもルパン三世でも赤瀬川原平でもスネークマンショーでもなんでもない。あぜと相談なしに断言できる。それは、


   「だーだ発音


にほかならない。「だーだ発音」がなければ、A&G Co.芸術性のキモであるともいえる「すべてが加速度的に減速してながら、狂躁的に加速する」といった、アクロバティックな芸術表現はまず不可能だったと言えるだろう。

だーだ発音」とは先駆的ダウナー系だ。しかもネガティヴなニュアンスは一切ない。もう一度言う。「だーだ発音」にはネガティヴなニュアンス一切ない。晴れ渡る青空のようなダウナー思想。それが「だーだ発音」だ。

しかもそれだけではない。「だーだ発音」は徹底して無意味である。「おじいちゃんだよ」と「だーだ発音」で言われても、老人でも祖父でもなんでもない。愛されているのは「おじいちゃんだよ」という音韻そのものだけである。

いや、ほんのすこしだけおじいちゃんなのかもしれない。でもその「すこし」の分量を定量的に言い表わすことなど、だれがする気になるだろうか。「いんでぃお」「どうでもいんでぃお」。たしかに、ほんのすこしインディオなのかもしれない、というニュアンスを帯びつつも、やっぱり意味などどうでもいいとしか言いようがない。

その「だーだ発音」のすべての源泉がだーだなのだ。しかも、だーだというネイミング自体が「だーだ発音」で形成されている。完璧だ。完璧にすぎる。

神か? 神なのか?

そうかもしれない。だーだの本名は、日本人としてはきわめて平凡でもっとも単純な「山田」でしかないのだ。山田がだーだとなった瞬間、それはたぶん、人類にとって、海を見てウと言うその感受性のジャンプに匹敵するドラスティックな進化ないしは退化が起きたのだとしか、いまのところいいようがない。これを神と定義することになんの違和感も感じないのはわたしだけではあるまい。

2005-01-10「東洋がバカにされた…」

表題はディックの名言である。フィリップ・Kではない。

俺たちの友・ディックである。


俺たちはアジアの片隅である東葛飾高校の中心で、

東洋を叫ぶケモノだった。


ディックについては、用語でたくさん書いたので、

もうとくに書くことがなくなってしまった。

2005-01-09おスギといえば「他人自慢」だが

「いや、それは蒲田さんがね…」

中野さん、東葛祭来てるらしいよ…」

おスギといえば、やはり「他人自慢」に尽きる。

自慢、というものは、自分のことを自慢して初めて「自慢」なわけだが、おスギの場合は違う。もうまったく違う。基本的に自慢げに他人のことを語るのだ。激しく自慢げに語られていると言うのに、それはしょせん他人のことなのだ。自分のことなんか自慢しやしない。もう他人のことオンリー。それはもう、わがことのように自慢をくりひろげるのだ。こんな人類、見たことない。おスギという人との出会いは、それはそれは貴重な体験なのであった。

ここで「さんづけ」されている人々は高校の先輩であり、それなりに面識もあったりするのだろうし、なくても先輩だから敬意を払うのは礼儀に適った正しいことである。驚いたのは、『翔んだカップル』の相米慎二監督が3作目を撮った話題の自慢のときである。

アイヨネさんがね…」

おスギは、一面識もないばかりか名前も正確に読めないアカの他人をも「さんづけ」で呼び、しかも相米のことをもわがことのように自慢するのである。もちろん俺は「ソウマイ」と呼ぶのを常識として知っていたが、とても訂正するような状況ではなかった。

後におスギが「ソウマイ」と読むことを知ったとき、このときの俺への他人自慢をどうのように総括したのか、ちょっと知ってみたい気がする。いやちょっとだけだが。いや、どうでもいいのだけど。いやホント。

2005-01-08森豊浩基の残した文化遺産

いまではぱっとしない個人銀行家の森豊浩基(そり)だが、よくよく思い出してみると、小説は書いているわ(『momotaro san』1981)、「芥川賞千本ノック」を通じて、あぜと手に手をとって、アート世界への野球的文脈の導入に大きく貢献するわ、A&G Co.アート史に残る歴史モニュメント大判小判』(1982)を導入するわ、アートスペース「文学部室」(1982)に畳を導入するわ、かなりの貢献度なのではないだろうか。


むしろ、あの時代森豊浩基の人生の最盛期であり、いまは長い晩年の時期をすごしているに違いない。そのことは、もっとも本人が自覚的であり、人生の華の時期がすでに22年も前に終わってしまったことに対する深い哀しみに堪えることこそが自らの人生なのである、という諦念こそが、彼のいまの生活を支えている。バカだけがなせる業だと言わざるを得ない。

あぜあぜ2005/01/08 18:03コラムみたいな、渋い文章ねえ。いいねえ、いいねえ。