きゅうせい腸炎

きゅうせい腸炎

あぜ曰く「世を救う腸炎、救世腸炎

俺曰く「結婚する前の苗字が、腸炎さんだったんだよ。旧姓・腸炎

だーだ曰く「東葛は戦前、旧制中学だった。旧制腸炎戦後なにになったんだろう?」


俺が1982年の初頭、急性腸炎になって学校を休んだのが、

この病名が話題にのぼるきっかけとなった。


それを聞いた松戸サンリオ劇場支配人・柳沢さんは、

「身体が大きくて健康そうなのに、おだいじに」

とやさしく発言。


だーだとそりあぜは、

病床の俺に、柏ボンベイの名物激辛カレーカシミールを2人前をみやげに、

見舞いに来た。バカか? 慢性になれというのか?(キムラ

 

あぜ追記

「早く治って、カシミールをまた、食べられるようになってね」って意味だって、

あの日、あの時、あの場所で既に、言い訳したはず。

生まれて初めて、お持ち帰りのカシミールを買ったのは、あのときだった。

それを、自分で食わずに、あなたに上げたのだよ。泣けるではないか?


キムラ追記

そうその通り。そして治ってから食べましたよ。ありがとう。

泣けはしないんだが。持ち帰り用カシミールを「病気の見舞いの品」として発見した、

という人間も、ボンベイ36年の歴史のなかでも珍しかろう。

36年だったのか。ボンベイ親父は33歳で開業か。立派。パリ。林檎。護摩。焚く。阿言宗。

あぜ追記

うちの妻の生年月日と一日違いなのよ、ボンベイ生年月日は。だから、ばっちし。

■キム追

あーはーそれは年女だったのねんのねん。俺とあぜは12時間違い。