ディック

ディック

ゴーダマ=シッダルタ・ファン・クラブ・メンバー(1982)。東葛三無党党員(1982)。

お笑いバスケ/お笑いバレーレギュラー選手(1980-82)。


代表的論文『嗚呼戦争に快ありき』(1982)。代表的パフォーマンス『杜撰』(1981-83)。

現在高校教師。週刊金曜日に執筆歴あり。


当初、弓道部長として登場し、オイゲン・ヘリゲル『弓と禅』、

および、鈴木大拙の書物に心酔する極東主義者として、

その思想は東葛飾高校1980年代初頭の思想シーンに、

新風を巻き起こす。


なにかと手抜き授業でバレーバスケを生徒にやらせる教諭タカチク、

それに悩まず立ち向かうスポコン(スポーツコンプレックス)チーム、

お笑いバスケ/お笑いバレー」結成を裏工作する木村立哉の主旨に賛同、

授業を爆笑の渦に巻き込み、真面目なスポーツマン野郎の顰蹙を買うのに、

重要な位置を占めた名選手。


ゴーダマ=シッダルタ・ファン・クラブの思想的支柱のひとつ。

(4人編成の同クラブには柱が3本があった)


東葛三無党に関しては、慎重で、

「現在の三無主義者に組みするなら、俺は降りる」

という、五エ門的名言を吐く。

しかし、「東葛三無党党旗」のデザインは、ディックの手による。


杜撰』については別項目を参照のこと。


高校教諭になってからは、県の弓道連盟の重鎮として君臨し、

また県の空手連盟にも参加。


1990年代木村立哉の労働運動家時代、

日比谷野音などでニアミスする。


ディック命名秘話

ある朝、たぶん同じクラスだったから2Hのころ(1981年)、

教壇に立ったディックの腹部をだーだが掴み、


 「ディクショナリー」


と発言。英和中辞典1冊分の厚さがあった。


それでその単位を「1ディック」と決定、

基準点を腹に持つ男として「ディック」と俺が命名。


まぬけなてく蔵という落語家が、

「正しくはディクショナリーだからディクだ」

とずっと言い張りつづけたが、

俺は腹の肉の厚さの単位を決定したときに、

ちゃんと辞書に当たっている。dictionaryを略してdickと言うのだ。

英語でdictionaryを略してdickというのは面白い発見ではないか?

そのたのしさがあるからこそ、ディックと命名したのだ。

それを何度言っても、辞書を見せても落語家は聞く耳を持たなかった。


受験秀才はこれだからこまります。(キムラ

 

あぜ追記

ディックの名前の由来あてクイズっていう、定番クイズがあったね。

「何で、ディックってゆーか、知ってる?

「……」

「歩く百科事典ウォーキング・ディクショナリーから来てるんだ」

「へえ、そんなに知識が豊富なの?」

「いや、腹の脂肪をつまむと、厚さが丁度、辞書くらいなんだ」

「ぎゃふん」

 

 確かに、当時の東葛生の御用達、旺文社英和中辞典くらいの厚さだったね。


■キムさん追記

たしかに旺文社英和中辞典をみんな持ってたけど(俺以外)、

あれ、英語科と旺文社が結託してたのかな。

体育科となんとかスポーツが癒着してたのと同様に。

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